【エッセイ】私は、無数の「#」と生きる

「家族」が分からなかった。

生物学上の家族は、父と母と妹。
でも、彼らのことを「特別な関係」とは思えなくて、それがずっと苦しかった。
育ててくれた両親には深く感謝もしているし、病気を克服した妹のことは尊敬している。けれど、私は自分のことを「一人」だと強く感じていた。

結婚式、花嫁として、どんな手紙を読めばいいのか分からなかった。ささっと書いて、ささっと読んだ。おばさまが私の白い手袋にねじこんだハンカチは、まったく出番などなかった。それにしても、花嫁の手紙で泣きたい人のなんと多いことか。なぜ私は、家族の意識が希薄なんだろう。申し訳ない気持ちになった。とても。

それから、さあ大変だ、どうやって家族をつくっていくのだろう、と思ったのを覚えている。だれかと生きるということが何たるかも知らないのに、結婚してしまった。

父は長年単身赴任をしていて、ほとんど存在しないも同然だった。

母と妹は心にも体にも繊細なところがあった。彼女たちは、一生付き合っていかなければならないような深刻な病気を抱えていた。

長女の私は、彼女たちを支える使命があった。彼女たちと同質の弱さに取り込まれないよう、正反対の強さで、なんとかその時期を乗り越えた。それは、「一人」という単位で考え、行動したからこそ、できたことだと思っている。

いつしか私は、こんなふうに考えるようになった。

人と人とは、溶け合って生きていくのではない。「一人」と「一人」が、大切なものをよすがとして、輪郭と輪郭をくっつけて生きていく。
「一人」だからこそ、誰かを幸せにできる。

「一人」は、私の意志。

家族とは、もしかしたら「#家族」なのかもしれないと思う。

結婚とは、もしかしたら「#結婚」なのかもしれないと思う。

私たちはつねに、今、だれと生きるかを考えながら、その時その時で自由に「#」を選択して生きることができる。

私は、大好きな人たちと生きていきたい。今、その人たちを幸せにしたいと思う気持ちを、素直に行動に変えていきたい。

制度や決定事項は、私たちを時々、同質にみなす。

だから、私は無数の、そして色とりどりの「#」で、しずかにやさしく反逆していくのだ。

ルールはない。相手は、美しい詩。あるいは花や、美術館や、湖かもしれない。

その人たちや、もののことを、心の底深くから、この上もなく愛していた、と分かるのは、ずっとずっと先のことになるだろう。

どこか遠い場所で、人生の最後のページをめくる時、その無数の「#」はつややかに固まって仕上がり、宝石のようにきらきらと輝いているはずだ。

もしかすると、「愛されていた」という、おまけも付いて。

――「愛せよ。人生で良きことはそれだけである」(ジョルジュ・サンド)

 

 

 

追記

WEBメディアShe isさんに、この『私は、無数の「#」と生きる』を取り上げていただきました。特集は「#だれと生きる?」がテーマでした。